ファン第一号さんとは、僕が一年ちょっとの頃に出会いました。
『旅行がきらい』
多くの女性が、晩年になるといろんなところに出かけたがるのに対し、その方はそんなことを言っていた。
今から10年以上も前、僕がまだ整体師として駆け出しの頃だ。僕は当時、スーパー銭湯のボディケアルームで働いていた。担当として初めてお会いしたとき、彼女はこう言った。
『受付の人に、【この中で一番上手な人をお願いします】って言ったのよ』
おそらく受付の人と日頃きちんとコミュニケーションを取っていたから薦められただけで、誰が一番かというのは深く考えていなかっただろう。それでも「一番手」の称号をもらい気合は入った。
彼女の悩みは「歩けないこと」だった。まるで足に鉄球の鎖を付けられたみたいに、のそりのそり歩いてきた。
整体師にとって、「膝」は難易度が高い箇所である。整形外科で、変形性ひざ関節症の診断をされているなら、やれることは少ない。減った骨は手技ではどうしようもないからだ。
それでも「痛みを抑え、できれば生活に支障のないレベルまで下げることはできないか?」と必死に考えた。幸い、その時の彼女は「骨がすり減って歪んでいる」という段階までは行ってなかった。
骨に手を加えず、膝の負担を減らす方法はたしかにある。ただし、スーパー銭湯という場所柄、あまり長い会話はできなかった。
「お客様のお悩みについて、治るというお約束はできません。治るというのは痛みが出なかった頃の状態に戻すという意味だからです。でも、痛みのある場所以外を施術して、今より楽に歩けるようにすることはできるかもしれません。それでもいいですか?」
そしてこう付け足した。
「膝の負担を減らす方法は、僕が知っている限り3つあります。その一つひとつを試して、施術前とどう変わったか比べて頂きたいのです。3ついっぺんにやったらどれがお客様に有効だったか、わからなくなり、次回痛みが出たときにどう対処したらいいか判断がつきませんので」
『いいですよ、先生の言うことを信じます』
彼女は二つ返事で了解してくれた。
今にしてみれば、ファン第一号は彼女だったのだろう。スーパー銭湯をやめ、大網白里市に店を構えた現在も、
『もう体が悲鳴をあげて限界なの、なんとかして』
と、時々通ってくださいます。
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